カール・ビッテ教育法とは
驚くべき教育革命 ハーバード大の奇跡!
これから、ハーバード大学の3人の天才児のを実話をご紹介します。
1人目はアメリカのハーバード大学をわずか15歳で卒業したサイディス君という少年です。彼は6歳のとき、ほかの子どもたちとともに1年生として小学校に入学したのですが、母親が12時に学校へ迎えに行ってみると、もうすでに3年生になっていました。そして、その年のうちに小学校を卒業してしまい、11歳でハーバード大学に合格しました。
彼のその途方もない学力はたちまち有名になり、9歳のときにはマサチューセッツ大学工学院の教授が、ドイツで博士試験を受けたときに出されて非常に困った問題も、瞬時に解いてしまったほどです。
2人目はパール君という少年です。同じ頃、13歳でハーバード大学に入学し、わずか3年でハーバードを卒業しました。
3人目ウィナー君という少年は10歳でタクト大学に入学、14歳で卒業し、サイディス君とパール君のいたハーバードの大学院に進んで、18歳で哲学博士の学位を得ました。
当時、まったく同じ時期に、このような3人の少年がハーバード大学に出現したことは奇跡と、大騒動になったそうです。
実は後に彼らの親たちがほぼ同時期に、ハーバード大学図書館で一冊だけ残っていたカール・ビッテの教育法の本を読み、子どもの教育に取り入れていたことがわかりました。
先ほどのウィナー少年はのちに教授となり、情報と制御の学問「サイバネティックス」を創設しました。アメリカの人工衛星、スペースシャトルなどは、この「サイバネティックス」の理論から構築され、もしカール・ビッテの教育法を受けたウィナー少年がいなかったら、人類初の月面着陸船アポロ11号は存在せず、人類が月まで行くことはできなかったと言われているのです。
ほかにも、ご紹介しましょう。ピッツバーグ大学(アメリカ)の教授、ストーナー夫人も、同様にカール・ビッテの教育法を取り入れた子育てを行った一人です。すると、ストーナー夫人の娘は満1歳で、まるで大人のように話せるようになりました。周りの人はそれを見て、「奇跡だ!!」とびっくりしましたが、ストーナー夫人にとっては、当然の結果だったのです。
ストーナー夫人の娘、ウィニフレッドは3歳から詩文を書き、4歳のときにはエスペラント語で劇を書き、その詩や劇は出版されて大好評を博しました。
このように、カール・ビッテの文献をもとに早期教育を実践した人たちから、世界的に有名な天才たちが数多く出現しています。
今、カール・ビッテの教育法が、21世紀の教育法として世界的に注目されてきているのです。
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